タイ政治社会の潮流タイ研究の草分け的存在、赤木攻・大阪外国語大学名誉教授による連載コラム(隔週木曜更新) スクラムを組むバンコクと東北部第79回 タイの国家統計局が面白い統計結果を発表したので、紹介しよう。直訳すれば、「仏暦2553年国民の困苦および要求の調査」といったところであるが、わかりやすくいえば「仏暦2553年(西暦2010年)国民生活意識調査」といったところであろうか。家庭生活、経済生活、教育、環境、政策の浸透度、政府への要望といった幅広い項目にわたって、国民の声を聞いた調査である。去る6月18日〜24日に全国で面接方法により実施され、総サンプル数は 10万920件(人)にのぼる。集計結果は、基本的には、全国、バンコク、中部、北部、東北部、南部という地域比較で発表されている。サンプルの基礎データは、次の通りである。男女比(全国)は男46.6%、女53.4%と、おおよそ相半ばしている。年齢構成(全国)は、15〜19歳5.5%、20〜29 歳13.1%、30〜39歳20.4%、40〜49歳24.6%、50〜59歳21.2%、60歳以上15.2%である。また、家計収入/月構成(全国)は、無収入9.9%、1,500バーツ以下6.6%、1,500〜5,000バーツ32.5%、5,001〜1万バーツ27.8%、1万1〜1万 5,000バーツ11.0%、1万5,001〜3万バーツ7.5%、3万1−10万バーツ4.0%、1万バーツ超0.7%である。職業構成(全国)では農業が最も多く27.6%、学歴(全国)では小卒以下が51.7%である。 この調査でもっとも興味深いのは、貧困意識度である。つまり、「あなたは、自分は貧困だと思いますか」という問いに、「はい」と答えた人の率である。バンコク14.5%、中部12.7%、北部11.6%、東北部 14.9%、南部8.2%である。東北が1番であるが、続くのは僅差でバンコクである。ただ、同じ問いを「都市部(テーサバーン)内に住んでいる人」に限ると、バンコク14.5%、中部12.0%、北部8.1%、東北部11.5%、南部8.2%といった回答が返ってきている。つまり、バンコクの住民が、全国で最も自分たちが貧困であると考えていることになる。 ところで、ここ数年の「赤シャツ」の反政府運動を底辺で支えている民衆の多くは東北タイから出てきたとの見方が一般的であるが、この調査数字を見る限り、実際はそうではないのではなかろうかと思う。相当数のバンコクの住民が、日ごろから貧困を感じており、「赤シャツ」のデモや集会に参加し、大きな基盤になったと考えるのである。確かに、家計収入額の実際は、バンコクの方が高い。しかし、所得額と幸福度は比例しない。私には、貧困にあえぐバンコク住民の政治に対する日常の不満が爆発し、長期にわたる「赤シャツ」運動の継続を可能にしたと思えるのである。 加えて、生活一般に対する満足度も、バンコク65.1%、中部73.7%、北部79.3%、東北部79.5%、南部 77.3%となっている。東北部の満足度が最も高く、バンコクのそれが最も低い。その他、人権、教育、福祉、環境などといった項目に対する満足度も、バンコクが最も低い。おそらくは、バンコクは都市化が進行し、一見生活しやすく見えるが、実際に住んでいる者の多くにとっては「住みにくい町」となっているのであろう。消費文化が蔓延し、現金が必要な生活を余儀なくされているのである。「経済面で困っていることは何か」の質問に対して、「所得が不足し、食べていけない」を一番にあげる回答が最多であるのも、バンコクである。 こうしてみると、バンコクの住民は、自らを貧困であると感じ、生活一般に対しても最も不満を抱いているといえよう。さて、具体的な統計数字はないが、バンコク住民の低所得層のほとんどは、東北部からの出稼ぎ者またはその後定着した者からなっているともいわれている。たしかに、夕方ともなるとバンコク中の街路に立ち並ぶ屋台食堂のメニューは、東北タイ料理が圧倒的である。とすれば、バンコク住民の多くは、「元東北部住民」ともいえる。つまり、バンコクを中心にここ数年繰り返されているデモや集会、さらには様々な形での示威運動は、バンコクと東北部がスクラムを組んだ運動といえるのではなかろうか。貧しさを克服するために、新生活を求めバンコクに東北部から出てきた者やその子孫が、実際にはより貧しい生活環境にもがき苦しんでいるのである。 もちろん、満足感や幸福感は絶対的なものではない。しかし、今回の調査結果の一部を見て、スクラムを組むバンコクと東北部の姿が、私の頭の中にふと浮かんだのである。思いつきに近く、あまり確証がある説ではない。しかし、気になる調査である。 >>この目次トップへ赤木攻氏のプロフィール
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