ジュロンの広い自動車修理工場の中2階。電話の問い合わせ、商談、会議で狭い部屋に活気が満ち溢れている。――社名のJUNは奥さんの名前でも付けられたんですか。
「その通りです。家内の順子も当社の役員でして。TAIYOは前の持ち主時代のままです」
――ということは、脱サラで始められたわけだ。
「名古屋の精密機械メーカーからエンジニアとしてシンガポール駐在を命じられました。もう古巣へ戻らない決意で赴任しました。もともと父の伝で名古屋に就職したのです。シンガポールへ来て2年弱でチャンスが訪れました。車を買ったTAIYOモーターの社長と懇意になり、その社長が日本に帰ることになり、引き継いだわけです」
――資本金は親のすねですか。
「いや、結婚の祝儀を充てました。家内は元いた会社の同僚です。シンガポールへ来て1年後に呼び寄せたわけです」
――技術屋さんだから修理関係には強いからですか。
「いや、整備は嫌いだった。大阪のある自動車専門高校に通いましたが、冬の整備は辛く、自分には向いていないと分かった。父に相談し卒業と同時にカナダの大学へ留学したわけです。最初はバンクーバーへ。日本人が多いのがいやで、アルバータへ転校。実は相棒の中川とはバンクーバー時代に知り合った中です」
ここへ事務所で最初に会った中川秀明取締役が同席する。
――中川さんが木田さんに誘われてここへ来たわけですね。
「カナダ時代の2人の悪行でも話していたんですか」と中川さん。留学を終え、郷里の京都でホテルマンをしていたが、96年に誘われて飛んできたという。奥さんもこの会社で経理を担当する。社長は現地人向け、中川さんは日系担当。「動」の木田、「静」の中川がぴったり。絶妙のコンビだ。スタッフが呼びに来て、再び社長とのインタビューが続く。
修理工場だけではない。中古車の輸出入、新車販売と車専科の総合商社か。
――景気が悪いのに積極策がよく取れますね。
「社有車が減りました。その分、個人所有の車が増えています。“Saturday Promotion”として土曜日に「1時間以内で整備、たった30ドル!」のサービスを始めようかと思っています。日本語でサービスします。会社に来てもらい、ついで新車のショールームものぞいていただく」
――法人向けにはどんなサービスがありますか。
「年間メンテナンスサービスから当社納車の引き取りもやっています。夜の事故にもJIFなみ24時間対応を目指しています。月曜から金曜は当社が納車した会社の車のメンテを面倒を見ます。週末は皆さんの自己車を出血サービスして飛躍に弾みをつけたいですね」
――これからの目標は。
「クレームのない商売をやりたい。これが本音です。だが、今の仕事ももっと面白くやりたい。現在シンガポールでは月に700台の並行輸入車が新車登録されていますが、パーツが問題です。当社で日本から仕入れて売れば、ボリュームで稼げます。地元市場に参入できますよ。周辺国にも代理店を置いてビジネスが展開できます」
家庭には7歳の長女を筆頭に1男3女。教育は日本でという信念からそろそろ心は日本へ。
「シンガポールはローカルに任せたい」。故郷、大阪にも中古車輸出会社を持つ若干34歳の風貌は、自信に満ちている。
(インタビュー・小森孝光)
