サリー・コーウィンさん:吉野家オーストラリア・マーケティングマネジャー1980年パース生まれ。ニューサウスウェールズ大学商学部でマーケティングと日本語を専攻した。コンサルティング大手アクセンチュアに4年間勤務した後、今年3月から現職。邦画は「タンポポ」、本は「窓際のトットちゃん」がお気に入り。 フード王の後継候補「豪州でも吉野家をナショナルブランドに」2005/5/17 ![]() 父親はKFCを初めて豪州に導入したほか、ハンバーガーチェーンの「ハングリー・ジャックス」を立ち上げたことなどから「ファストフード王」と呼ばれるジャック・コーウィン氏。日本に関係する仕事がしたいと考えていたサリーさんは、父親の会社コンペティティブ・フーズが豪州三井物産、吉野家との合弁事業である吉野家オーストラリア(豪吉野家)を始めたタイミングで転職を決めた。料理が趣味という彼女は、いずれ父親の下で働く意思を持っていたが、「まさにその時期が来た」と考えたそうだ。 日本語を勉強していた12歳の時に、母親とともに金沢、京都で短期ホームステイをして以来の日本びいき。「日本は食事がおいしいし、デパートで見るものすべてが新鮮で退屈しなかった」 その後、さらに日本語学習に熱が入り、高校生の時には名古屋短期大学付属高校(現桜花学園高校)に半年間留学した。 大学卒業後に入社したアクセンチュアでも、2年目に東京オフィスに駐在し、ペット製品・食品マスターフーズのコンピュータシステム(SAP)導入を担当する。ハードワーカーぞろいの日本で勤務は6カ月に及んだが、充実していたようだ。「遅くまで働くけれど、みんなが一所懸命。そして仕事が終わるとお疲れさまと言い合って居酒屋で一杯。とても楽しかった」 たった1店舗から徐々に事業を発展させた父親については「強い精神力の持ち主」と尊敬する。「家族を頻繁にホリデーに連れていくことはありませんでしたが、自分にとっては良い父親でした」 豪吉野家では床掃除や皿洗いといった下働きからスタート。ビジネスエリートとして日本のほかに米国での駐在経験もあったが、まったく気にならなかったという。理由は吉野家ブランドへの信頼。「成功すると信じているし、その一員になりたい」。実際の作業にかかわった経験はスタッフに対する理解につながる。 4 人兄弟の中で唯一年商5億5,000万豪ドルに上る父親が率いる会社に入社したことで「将来のファストフード女王」との声も上がっているが、「(後継者の立場が)約束されているわけではない。与えられるものではなく、自分でつかむべきもの」と述べ、一歩一歩進んでいきたいと慎重。また、チームで協力していく姿勢を強調し、「引き継ぐことになっても『女王』にならず、ファストフード王国をつくりたい」と語る。 今はとにかく豪吉野家の仕事に専念したい様子。「店舗を増やし、吉野家を豪州でも全国的な有名ブランドにするのは十分大きい仕事」と考える。 牛丼は「新しいすし」になり得るとの信念の下、時には自ら広告塔となって地元の新聞やラジオに登場。「GYUDON」を豪州人に広める努力を続けている。(聞き手・大畑知則) >>この目次トップへ[P R] [P R] [P R] |