ダティン・アキコ・オーさん:タイガーバーム3代目タイガーバーム3代目社長、故胡一虎氏夫人、シンガポール赤十字副総裁、オイスカ・シンガポール代表。「国際人へのパスポート」(番町書房)「晴れもよし、雨もまたよし」(講談社)についで04年には「日本人が知らない日本の姿」(小学館)を出版した。ダティンはマレーシアの貴族の称号。1927年、東京・四谷生まれ。 憂国行脚の総帥婦人、「しっかりした日本人、それが国際人」2005/7/26 ![]() 「今の日本人はだめねえ」いきなり怖い目で射すくめられた。タイガーバームはお馴染みだが、写真でしか見たことがない財閥総帥夫人、かつ国際結婚の著名人。髪をなでる薬指に大粒のダイアがきらめく。駐在員主体とした講演会直前、インタビュー時間に遅れたからお冠か。いや「きょうは皆さんに警鐘を鳴らすためにやって来ました」とにっこり。 ■寄付も本社伺い 「日系企業は本当に国際化されましたか」――シンガポール赤十字副総裁に指名された時、寄付のお願いで日系企業回りした苦い経験を語る。ほとんどの現地代表は、「本社にお伺いを立てますから」とテレックスで延々とやり取りしている。 「その電話代でいいんですよ。それに引き代え、ポケットマネーの150ドルを申し訳なさそうに出された社長もいた。それが生きた寄付じゃないですか」今は違うでしょうが……、と皮肉っぽい眼でこちらを覗き込む。 広告費や交際費はふんだんに使うが、チャリティーにケチる、真の国際化ができない日系企業に歯がゆい思いをするという。「日本の教育もなっていないのですね」 かつて日中友好学生クルーズがあった。双方百人の学生が寝食をともにして、両国の相互理解を深め、最後の夜、感謝の言葉を述べ合った。「いずれ国境がなくなるよう努力しよう」という中国人学生に続き、東大生が言った。「3日間の食事代が浮きました」 自ら目撃した例を次々と挙げていく。 ■勘当され国際結婚 戦中派の夫人が国際人として歩んだきっかけは、父への反発と軍国青年への嫌悪感からだった。 初婚の相手は15歳年上の香港バイヤー。ピアノとバイオリンに長けた「よか男」(著書、『日本人が知らない日本の姿』)。父親に勘当されても所帯を持ったが、家庭を顧みない夫に愛想を尽かし、3児を連れて離婚した。 「2 番目の夫、胡一虎に見初められたのは、横浜からシンガポールへ向かうフランス客船だった。シンガポールの華僑に嫁いだ友人宅に寄宿し、第二の人生を考えようとしていた時でした。着いた途端、彼から毎日電話で誘われる。仕方なく彼の家に行くと一族がそろって出迎え。これが彼の作戦だったわね」 「嫁は日本人、食事は中華、家は欧風」と決めて、両親に彼女を口説かせたという。再婚相手も中国人。中国人だから離婚したのではないことを、子どもに理解させたかったからだ。 2年前から日本に滞在し、「日本の今を憂える」と列島を講演で駆け巡る。「国際社会で信頼や尊敬を得られる国家、国民であって欲しい。祖国を離れた日本人として現況に心が痛むのです」 歴代首相とも懇意。イラクへの自衛隊復興支援にも積極参加を明快に発言し、アジアとの関係に心を砕く。 夫は既になく、子供も成人した。毎朝、いつ倒れても恥じないよう部屋をきれいにする。墓は日本に用意した。「日本人として死にたいのです」(インタビュー・小森孝光) >>この目次トップへ[P R] [P R] [P R] |