一戸広幸さん:ワコール・マレーシアエグゼクティブ・ダイレクター「マレーシアの女性用下着市場に『ワコール革命』を起こす!」――。代理店方式から、新合弁子会社ワコール・マレーシアによる販売に切り替え、シェアトップ奪取を狙うワコール。そのワコール・マレーシアの陣頭指揮を取るエグゼクティブ・ダイレクター(ED)の一戸広幸(いちのへ・ひろゆき)さんは、トレードマークの金髪を輝かせながら熱っぽく語った。(聞き手;安部田和宏) 女性下着の固定観念変える2003/8/5 ![]() ワコールのブランド力はアジアでもすでに一定の地位を確保しており、台湾や韓国、タイでは既にシェア第1位だ。しかしマレーシアでのシェアはまだ約5%。そうした中、マレーシア駐在歴4年の一戸さんはシェアトップ奪取を高らかに宣言する。 ワコールは昨年まで、日産自動車の販売などを手掛けるタンチョン・グループの傘下上場企業ワリサンTCの子会社タンチョン・アパレルズ(TACP)にマレーシアでのワコール・ブランド製品の販売を委託してきた。一戸さんによると昨年12月に10年の契約満期を迎えるに当たり、ワコールには【1】TACPとの契約更新【2】100%出資の現法設立【3】タンチョン・グループまたは他のパートナーとの合弁会社設立――という3つの選択肢があったという。 だが丁度そのころ、タンチョン・グループは揺れに揺れていた。共同創業者のタン・キムホー氏と、同氏のおいタン・ヘンチュー氏の対立が激化し、訴訟合戦という事態に至っていたのだ。こんな環境では、TACPもワコール製品販促に身が入らない。ワコールは【1】を選択肢から除外した。その後、タンチョン・グループのお家騒動もヘンチュー氏勝利という形で決着がつくメドが立ち、同氏が実権を掌握したワリサンTCはワコールにマネジメント、オペレーションを全て任せることを認めた。これによって両社の話は進み、新現法、つまりワコール・マレーシアの設立に至った。「現在約5%のシェアを5年で15%(既存百貨店では40%)を奪取するには、やはり日本ワコールが経営に参画してオペレーションを握らなければ不可能と判断したのです」と一戸さん。 「シェアの低さはチャンス」 市場開拓の見込みはどうか。一戸さんは「シェアの低さが私にとって最大のチャンスと考えています」。まさに追うものの強みだ。「少なくとも2007年まで総売上高が毎年5%成長すると、屋台で売られている下着も含めて邦貨で200億円以上になると判断しています」――市場の規模拡大も楽観している。 では、どう攻めるのか。一戸さんが自信を持って掲げるのが冒頭で触れた「ワコール革命」。一口に言えばこれまでのマレーシア女性下着業界の常識と、マレーシアの女性たちが下着に対して抱いている既存の固定観念をワコール・マレーシアの手でひっくり返す戦略だ。一戸さんによると革命は人、商品、売場、マーケティング・PRの4つが柱。人の革命は販売員教育やスタッフ教育だけでなく、顧客教育も含んでいる。例えば学校での「正しい下着着用法」教育や下着教室の開催だ。商品革命は高品質を大前提としつつ、従来の高級品一辺倒路線を中・高級の2極路線に修正。その上で常に「Something New」の提案と新機能商品の開発を進めるとしている。 売場の革命は既存売場のロケーションや規模も見直しと早期改装の実施。マーケティング・PR革命はブランド認知度向上を目指した積極的な広告やイベントの展開、特典付会員組織の立ち上げ、人気歌手や元ミスコンテスト代表のキャンペーンガールへの起用をうたい、既に動き始めた。特に11〜24歳を対象とした会員組織「ポップティーン・クラブ」は、「ワコール製品を少女のうちから愛用させることで固定ファンを増やそう」という従来のマレーシアにはなかった積極作戦。 一戸さんは「就職活動当時は旅行代理店を希望していましたが、ワコールの面接を受ける友人に同行して一緒に面接を受けたところ私が合格し友人は不合格に。面白そうだから入社しました」と入社の経緯を振り返る。今では「アパレル業界は自分に向いている業界。だから今日まで続けられた」と感じているという。 現地女性社員たちやキャンペーンガールからも日本語で「ヒロさん」と呼ばれ人気者の一戸さん。マレーシア女性下着業界の「風雲児」となるべく、そのエンジンは今、力強く回り始めた。 >>この目次トップへ[P R] [P R] [P R] |