山口一朗さん:福井化成タイランドMD

従業員の定着率は97%。この数字がすべてを物語っている。タイの文化を尊重、従業員の上下の隔てなく冠婚葬祭には地方にまで足を運ぶ。「企業は人なり」を徹底的に追求し、タイ人の視点に立ち従業員を育てる“人”。パズルの1ピースを根気よくつなげていくことで、やがて一枚の完成図が出来上がる。

人・人・人、人の振る舞いこそ普遍の生きたマニュアル

2003/8/12

山口一朗さん

“企業は人なり”という考えを共有できる本社の福井社長の人柄にひかれ福井化成に入社したという。タイでは空調部品のホースと防振パテを生産している。当初20人だった従業員は現在200人に増え、生産能力も10倍に拡大した。

来タイ当時、右も左も分からない山口さんが従業員を理解するためにとった行動は家庭訪問だった。20人全員の家に寝泊まりし、家族構成をすべて把握した。うち1人は終業時刻の午後5時から5時間みっちり英語特訓、これを3カ月続け、英語の通訳にした。自分がタイ語を学べばそれまでだが、従業員の誰かに英語を教えることで幹部社員の育成になると考えた。

■会社はコミュニティ

風通しのいい企業。会社という枠を越え、家族的な結束感すら漂う。「従業員は僕のことを口やかましいお兄ちゃんだと思ってるみたいですよ」タイで“長”となる人は父親(厳父)的な側面を持たなければならないという山口さんはマニュアル偏重を好まない。「人間の接点が希薄になるから」。トップに立つ人間の成長が止まると、組織の成長はないものと考え、何事も自己責任原則に徹する。

向学心の高い従業員にはじっくり話を聞いたうえ、自分の懐から学費を無利子で融資する。7年前に学費を支援した従業員は現在マネージャーに昇格している。タイの文化や仏教の教えにも精通、国王崇拝などタイ人にとって身近な例を引用し、会社での社員教育に生かす。

■タイに永久就職!?

兵庫県で生まれた山口さんはタイに骨を埋めることになりそうだ。96年の来タイから7年。ほとんどの友人がタイ人で、このうち7割が現役の大学生だという。学生との会話が「うちで働かないか」の就職面接に変わることもあるそうだ。

山口さんは尊敬する諸葛孔明の教え、“天下三分の計”を人間関係のベースにしている。無理をして完璧を狙わない。「来タイ当初、タイ人には何度もだまされたが、信頼関係を3割構築しようと思えば、7割は失敗しなければならない。3割の信頼関係構築で残りの7割と自然な調和が生まれる」。

家族は夫人と3人の娘さん。39歳の若々しい山口さんが18歳の長女と並んで歩くと恋人同士に間違えられるそうだ。親子関係も友だちのような間柄。週末は家族そろって海に出かけたり、ショッピングに行くのだとか。夫妻はスラム街の子供を支援するボランティア活動にも積極的に参加、地域社会にも貢献する。

そんなファミリー志向の山口さんは妻子4人の身の安全確保に怠りない。「家族の行動半径にいるすべてのタイ人に守ってもらう」。マンションの警備員、メンテナンスはもちろん、スーパーやレンタルビデオの店員から警察、病院のスタッフまでみんな顔見知りだ。母の日には女性店員に花をプレゼント、近所のシーロー(軽自動車を改造した乗り物)運転手にはウイスキーのボトルを手渡すなどちょっとした気配りを忘れない。これは本社の福井社長に起因するらしい。山口さん一家は近所のタイ人の間ではちょっとした有名人だ。

■タイ・ドリーム

今年4月、中小企業向け経営コンサルタント会社「EMT」(Executive Managing Tactician)を設立、自らの7年の奮闘に基づき生きたコンサルタントを手がけたいと言う。現役大学生と企業幹部の橋渡し役、人材育成プログラムの構築なども務める。タイはどんな国ですかとの問いに「可能性に満ちあふれる国」との答えが返って来た。「アメリカンドリームがあるならタイドリームがあってもいい」。山口さん自身の夢も膨らんでいるようだ。

写真撮影をお願いしたところ、「僕1人で写らないとだめですか」。従業員がぞくぞくと集まって来た。最後に会社の将来像を尋ねると、「社員が胸を張って社名を言える会社にしたい」とあくまで「人ありき」を貫く姿勢が印象的だった。(聞き手・七沢愛果)

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