iddi会長・JJサミュエル・ソリアノさん

1962年ケソン市生まれ。妻も実業家で、2人で自宅を事務所として兼用。忙しくても家族だんらんの時間は大切にしている。子供は21〜9歳の二男二女。年に1度は日本に家族旅行に行くという日本びいき。 フィリピン進出、地場企業との合弁を計画する日本企業は、jjsoriano@ project.com.phへ

変革の息吹、経営の世界へ「日本のようなグローバルプレーヤーに」

2009/5/21

iddi会長・JJサミュエル・ソリアノさん[

「僕はアクティブなのが好きなんだよ」。そう言って笑うソリアノ氏は、6つの会社の会長、3つの会社の最高経営責任者(CEO)を務める、文字どおり大忙しの実業家だ。

数年前に自宅にオフィスを移し、ここを拠点に各社の事業に目を光らせる。「インターネットや携帯電話が普及した今、自宅にいても十分対応できる」と疲れを知らない。

年前に設立した、日本とフィリピンの企業提携を支援する企業PROJECTをはじめ、店内デジタルディスプレー広告会社iddi、携帯電話会社スナップワークスなど、情報技術(IT)を中心に幅広い事業を展開する。「今は小規模だが、将来はIT事業で蓄積した資金を元手に不動産や観光、運輸などにも手を広げたい」と、アヤラやロペス財閥にもひけを取らないコングロマリットを目指す。

■日本と20年

スペイン系財閥のソリアノとは全く関係のない生粋のフィリピン人。フィリピン大学長を務める父のもと、アカデミックな環境で育った。フィリピン大の学生だった86年、「ピープル・パワー」革命の学生リーダーとして活躍し、アキノ大統領から日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)の共同事業「東南アジア青年の船」のオーガナイザーに抜てきされたのが日本との最初のかかわり。

専門家の少ない日本の政治文化を学ぶよう父から勧められて、86〜88年に埼玉大学政策科学研究科(現・政策研究大学院大学)で学ぶ。この時、日本経済の強さが民間企業、特に中小企業の裾野の広さにあることを知り、起業を決意した。

帰国後すぐにPROJECTを立ち上げ、日本企業の対比投資誘致、両国企業の合弁事業のマッチングを始めた。この年間に数多くの案件に関わったが、日比のビジネス文化の違いも実感した。フィリピン人が交渉を早く進めたがるのに対し、日本人は慎重で時間がかかる。「日本では、プロジェクトよりパートナーの信頼性が重要だからね」。このため決まった相手としか仕事をしたがらない、と分析する。

iddiは昨年、東京海上から約1億円の出資を受けた。今後、ASEAN域内での事業拡張に積極的に取り組む計画だ。「ASEAN10カ国合わせて5億人という市場の広さは魅力的」と意欲を見せる。

■この国の未来

この20年間、政治的混乱、大規模自然災害、電力危機などで対比投資は思うように進まず、フィリピンの経済開発は近隣諸国に後れをとった。

「政治家になりたいと考えたことはない」が、次期大統領選で副大統領に立候補する予定の政治家の後援をしている。この国を変えたいという思いは強いようだ。

将来はフィリピン社会で影響力を持った実業家になることが夢。そしてフィリピンを日本のようなグローバルプレーヤーにしたい。「生きているうちに実現しないかもしれないけどね」。ふっと優しい笑みがこぼれた。(フィリピン編集部・吉岡由夏)

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