福西 一裕さん:DICマレーシア ファイナンシャル・ダイレクター

現地法人DICマレーシアを設立してから来年で30年になる大日本インキ化学工業。首都圏にある2つの印刷インキメーカーと販売会社、ペナンにあるコンパウンドメーカーの計4社を管理するのは、この地が初めての海外勤務だったという財務マン、福西一裕さん(39)だ。

欧米系と戦うインキの財務マン

2003/10/28

福西さん

――マレーシアは何年目ですか。

「3年と4カ月です。赴任した時は英語がまったくできなかったし、勉強する時間もなくて大変でした。前任者はいわゆる帰国子女で、もう1人いた日本人社長も20年近い海外経験がありましたから、こっちのスタッフは『普通の日本人は英語ができない』ということを知らないんです。みんな早口のマレーシア英語で話し掛けてくるので全然聞き取れない。最初はオフィスの中に1人で閉じこもっていましたよ(笑)」

――どうやってそれを克服したのですか。

「3 カ月くらい経って、ふっきれました。例えばカラオケクラブへ飲みに行ったら、下手な英語をしゃべっても笑われない。それに、会社のスタッフを食事に誘って会話の機会を増やしたり。今では社員との意思疎通に支障はなくなりました。まあ、もう3年以上いますから当たり前ですか(笑)」

――当地の最近の業況は。

「分野によりますが、例えば新聞だったら部数が増えれば売り上げも増える。景気が良くなればカラー刷りが増えて、収入もそれだけ増えるわけです。逆に経済が悪くなっても刊行物が一気に減ることはないので、売り上げ半減なんていうこともあり得ない。そういう意味で比較的手堅い商売とは言えますが、利益率となるとまた別の話ですね。値下げ要求が年々高まっていますから……。東南アジアでも芸能文化がもっと盛んになれば刊行物の需要も高まると思います」

――アジアには拠点が多いですね。

「わたしがかかわっている印刷材料部門は世界でも工場の数や規模が大きいグループですが、いま二極化を進めているんです。工場の多い中国は現在、上海が本部。ほかのアジア地域はシンガポールを本部として東南アジアに南アジア、オセアニアをカバーしています」

――競合社というと。

「これまでは主に日系メーカーでしたが、このところ欧米メーカーが攻勢をかけていますね。DICは品ぞろえを幅広くして、営業力と販売力でカバーするというのがこれまでの戦略でしたが、欧米のメーカーは品目を限定してドーンとデカイものを安く作ってきます。今はマーケットの動きが早くなっていて、今後も(顧客を)とったりとられたりという状況が続くでしょう。そこで収益率を上げていくのが課題になっています」

――ところで、入社されたのはいつでしょう。

「1990 年です。実は前の年に内定をもらっていたんですが、いろいろあって留年しまして……(笑)。会社は待ってくれなかったので、また就職活動をして、あきらめていたところに再度お声をかけてもらったというわけです。入社から1年間は茨城県の鹿島で研修しましたが、以後はマレーシアへ来るまでずっと東京本社です」

――もともとこの仕事に興味があったのですか。

「というよりも、とにかく広く海外展開する会社に入りたかった。自分が外国へ出るためにということではなくて、ビジネスの規模とか安定性、仕事のおもしろさという意味で事業展開力のある企業を、と考えていましたから」

北海道旭川で生まれ育った福西さん。学生時代は放送研究会とスキーサークルの活動に明け暮れたという。「気候が温暖で治安も良く過ごしやすい」というマレーシアに来てから仕事以外で打ち込んでいるのは、週末のゴルフ。今年の目標は平均で100を切ること。過去の自分のスコアはすべて記録してあるというきめ細かさは、いかにも財務マンらしいところだ。(インタビュー・小々馬信介)

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