タイカネボウ化粧品社長・大西富雄さん[第349回]1954年生まれ。滋賀県出身。大阪外国語大学卒。単身赴任。お子さん2人は独立、奥さんが日本で待つ。週末のソフトボールチームでの練習、試合が体力作り、気分転換に役立っている。 カウンターが全ての基本「ブランドをどこまで高められるか」2010/3/4
「とにかくカウンターでお客さんに毎日接しているBC(ビューティー・コンサルタント)さんの話をよく聞きなさいと言いましたね」。5年前に赴任してすぐ、スタッフの意識改革の必要に気付いた。 オフィスで働く営業・マーケティングのスタッフは大学出のいわばエリート。自分より学歴の低い販売員の声にはあまり耳を貸そうとしない。しかし、顧客満足を高める販売を根気強く説き続けた。「今も言い続けてます、忘れてしまうから」と笑う。 ■赴任後すぐの改革 大学卒業後、製薬会社を経て別の化粧品メーカーで24年勤務し、タイにも2回赴任した。2005年にカネボウ化粧品から、設立5年目のタイの現地法人を見てほしいという話があり、転職を決めた。入社4カ月後にタイに赴任したが、しばらく状況を確認した後、改革の仕事が始まった。 カネボウは、1960年代から現地の販売代理店を通じて化粧品販売を展開。01年にタイカネボウ化粧品を設立したが、当時は「ケイト」などドラッグストア向けブランドの販売を担当し、百貨店での高級品の販売は代理店が手掛けていた。04年末に今後の市場の拡大や需要の変化に対応するため、代理店から高級品販売の譲渡を受けた。それ以降、タイカネボウ化粧品がタイでのカネボウブランドを運営することになった。赴任したのは、新組織がスタートしてまもなくの時期に重なる。 まず、物流・会計管理のシステム導入、不良在庫などの処理、さらに販売管理の整備に着手した。一方で、スタッフ、販売員への意識改革、モチベーションアップにも取り組んだ。幸いにも本社の全面的バックアップが得られ、またタイ人スタッフの真剣なまなざしを目の当たりにした。このときほど人の力を結集することの頼もしさや、ありがたさを感じたことはないと話す。 ■「高級」打ち出す 07年にはタイの女性雑誌への広告掲載を見直し、高級ラインの「ルナソル」と「インプレス」を前面に打ち出して、高所得層へのアピールを強化した。 日本では、百貨店向け、ドラッグストア向け、スーパーマーケットなどチェーン店向けがすべて「カネボウ」製品として幅広い顧客に売れる。一方、タイではターゲット層に合わせ、絞り込んだブランドイメージが必要。 売るために低価格帯の商品を投入しても、大手や地場の安い化粧品にはかなわない。カネボウの高級ラインの愛用者にとっては、ブランド価値の低下につながってしまう。こんな自問自答を繰り返しながらも、「高級ブランド」感の醸成を目指してマーケティングを進め、3年で売上高は約1.4倍に伸びた。顧客の中心年齢層が40代だったのが、現在は30代がメーンと若い年齢層にも浸透し始めている。 時間の合間をぬって、ひとり、足しげく百貨店のカウンターへ立ち寄る。「一番新鮮で、率直な声が聞ける」販売員だけでなく、顧客とも会話を交わす。「『他社はこんな良いものを出してるわよ、あなたのところはだめじゃないの』なんてしかられる。それが役に立つ」 社内でもアジア全域での統一したブランドイメージ作りに向け、動きが加速。その最前で顧客の表情を日々確認し、足場を固める。 (タイ編集部・南堂知子) >>この目次トップへ[P R] [P R] [P R] |