藤原繁さん:藤原書店代表取締役

法政大学経営学部卒。外食産業のはしりとして東北でファミリーレストラン「エルザ」を展開した。現在はボランティアで日本語を教えるほか、今年から「タイロングステイ日本人の会」の理事に就任した。。

還暦で手にした自分の時間「仕事も旅も真剣勝負」

2005/3/8

藤原繁さん

雪国・秋田から熱帯バンコクに移り住み8年が経つが、腰を落ち着けたのはここ1、2年。バンコクを拠点に世界数十カ国を放浪する。仕事一筋だった東北の実業家が60歳で手にしたのは借金の山と自分の時間だった。

■年中無休で仕事

大学卒業後、内定していた銀行を蹴り開業したのは純喫茶。当時、純喫茶はインテリの集まるおしゃれな場所だった。その後、ファミリーレストランのチェーン展開を始める。外食産業のはしりとなり、「人と違う生き方」を求めていた藤原さんの情熱をかき立てた。

お客さまの笑顔をもっと増やしたい――。店を大きくするため、大好きな映画も本も、縁談話も断って、結婚する36歳までストイックな生活を送る。書店経営も始め、1年365日休みなし。

■45歳で念願の留学

米国へ視察に行っては、「寝るのがもったいない」と早朝から深夜までレストランを渡り歩き、本場のビジネスを目に焼き付ける。帰りの機内で、店舗改革プランをまとめ、興奮冷めやらぬその足で空港から会社へ直行。飛ぶ鳥を落とす勢いで店舗数を22まで増やした。あちこちから舞い込む講演依頼、新聞、テレビの取材で、その名を東北一帯にとどろかせた。

会社が軌道に乗り出した45歳のとき、帝国ホテルの歴代トップも留学することで有名な米コーネル大学に念願の短期留学を果たした。

しかし、順風満帆に見えた事業も社員の内紛などで次第に傾き、店の譲渡を余儀なくされた。手元に残ったのは1億円の借金。家族からも愛想を尽かされた。

■放浪の旅へ

「半分は日本を逃げ出したようなものです」と語る顔に曇りはない。世界地図を眺めるだけで5時間以上が過ぎることもあるほどの旅好き。訪れた先はインド、ネパール、トルコ、エジプト、モンゴルなど世界70カ国に及ぶ。バックパックに本を詰め込み、未開拓の島めぐりなど、世界各地を放浪した。

仕事一本で突き進んで来た藤原さんが、初めて自分の時間を意識できた「心の旅」でもあった。列車に揺られながら亡くなった両親、自殺した友達の顔が次々と浮かぶ。

書店などを続けながら、3年前に借金を完済。仲間から「やっと従来の顔に戻りましたね」と声を掛けられた。

今年、シルクロード(中国〜ローマ)の陸路1人旅を計画し、初めて訪れたチベットで、高山病となり、3週間以上の入院を強いられた。酸素マスクを着けて病院のベッドに横たわるが、水さえもろくにもらえない劣悪な環境の中で生死をさまよった。それでも「旅先で倒れたい」との思いは今も変わらず。

これからは、仕事優先で中断していた絵画、囲碁など趣味の時間を持ちたいと語る。秋田県庁内に残した「藤原書店」も従業員に譲り、身の回りをすっきりさせる考え。

一生の時間は決まっている。どう有効に使うか──。会社で夜を明かした現役を引退した今もなお、頭の中で自分の「時間割」を組み立てる。(聞き手・七沢愛果)

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