フィリピン 2010年7月29日(木曜日)
「バターン原発は再生せず」:アキノ大統領、最終決定[公益]
アキノ大統領は、完成後1回も運転することなく1986年に閉鎖されたバターン原子力発電所(BNPP、出力621メガワット=MW)について、再生しないことを最終決定した。アルメンドラス・エネルギー相が27日、記者会見を開いて発表したもの。28日付マニラタイムズなどが伝えた。
アルメンドラス・エネルギー相は、◇バターン原発再生は、あまりに多くの複雑な社会的問題を引き起こすことになる◇同原発は断層上にあり、安全性が非常に懸念される――ことが、アキノ大統領の決定の背景にあると説明。同原発は、他に転用するか解体することになるだろうとの見方を示した。「設備売却、あるいは原子力以外の燃料を使う発電所への転換も含め、政府として最も有効な活用法を探っているところだ」と、アルメンドラス氏は話している。
アキノ氏は6月30日の大統領就任後、今後も深刻化が懸念される電力不足の解決策として、原発の利用そのものは排除しない方針を表明。エネルギー省に対し、原子力利用の可能性を調査するよう指示していた。しかしバターン原発再生については、安全性などを理由に否定的な考えを明らかにしていた。
一方、国家電力公社(Napocor)のタンピンコ総裁はアキノ政権発足後も、依然としてバターン原発の再生に期待を表明していた。アキノ氏の決定は、同総裁の考えを却下した形となった。
■大統領の母親が閉鎖
バターン州モロンにあるバターン原発は、73年の第1次石油ショックを受けて将来のエネルギー供給に強い危機感を抱いたマルコス大統領(当時)が建設を決め、76年に着工。約23億米ドルの工費を費やして84年に完成した。原子炉には、現在は東芝の傘下企業となった米ウエスチングハウス製の軽水炉が使われている。
しかしバターン原発は完成後、4,000カ所以上の欠陥が見つかるなど、安全性に重大な懸念が判明。その結果、アキノ氏の母親で、86年の第1次エドサ革命(ピープルパワー革命)によってマルコス政権を倒したコラソン・アキノ大統領(当時)が閉鎖を決定した。
ところがアロヨ前政権が、エネルギー確保に向け、再生可能エネルギーなどとともに原発に目を向けたことをきっかけに、既に建設済みのバターン原発を再生して運転する案が浮上。同原発の運転が可能か否かの事業化調査(FS)委託を受けた韓国電力公社(KEPCO)が今年1月、「再生は可能だが、補修費用が10億米ドル必要」との調査結果報告をまとめていた。
■「低コストは魅力」
アルメンドラス氏は一方で、アキノ氏の方針に沿って、エネルギー省として原発利用の検討は進めていくことを明らかにした。同省をはじめ、電力公社やフィリピン原子力研究所、科学技術省が既に研究作業に入っているという。
「他のエネルギーを使った発電と比較した発電コストの安さは、原発の魅力だ。フィリピンの電力事業は発電コストの高さが最大の問題。各種のエネルギーを併用してコストを下げていきたい」と、アルメンドラス氏は語る。
ただし、アルメンドラス氏は、受け入れられる安全基準と社会の理解を確保することが、原発利用の大前提と強調。検討作業のタイムテーブルなどは設けていないとしている。