タイ 2010年9月23日(木曜日)
【タイ政治社会の潮流】「言論・表現の自由」と杜撰な法令[社会]
第81回
今日、どこの社会でも、「言論の自由」ないしは「表現の自由」が重要であり、保障されるべき価値であることは知っている。しかし、アジアのみならず、地球上で日常的にこの自由がそれ相応にでも保障されている社会や国家はきわめて少ない。おそらくは、民主主義と平行した価値といってもいいだろう。おおよそ、民主主義国家と認められるには、民主的な政治制度や政治運営と並んで、この自由が保障されているはずである。
「タイ式民主主義」といういい加減な呼称で形容される民主主義しか持ち合わせていないタイにおいても、「言論・表現の自由」は保障されていない。その辺りを、少し振り返ってみたい。
現代タイにおける「言論・表現の自由」の制限は、主として新聞を対象としたものであるが、「仏暦2484年出版法(1941年)」に始まる。ピブーン政権時代であったが、出版に関する権限を警察局長に集中し、発行停止などの処分権を与えた。また、1958年にサリットが施行した「革命団布告第17条」は出版や報道のより強力な規制権限を政府に認めていた。裁判所の判決を除き、新聞発行停止権を認めないとする条項を収めた憲法としては、「仏暦2517年タイ王国憲法」(1974年)が最初であった。つまりは、タイで「出版の自由」や「言論・表現の自由」が公的に認識されたのは、多くの犠牲者を生んだ「10・14政変」(1973年)の後であったといえる。しかし、この憲法は1976年の国家統治改革団のクーデタによりただちに廃止され、代わりに「国家統治改革団令第42号」が施行され、より厳しく自由を制限した。この改革団令の廃止は、チャートチャーイ政権下(1988〜91年)でやっと行なわれた。
ともあれ、理解に苦しむことがある。関連する布告や憲法が何度か改廃されてきたのだが、ピブーン時代の「仏暦2484年出版法」が手をつけられないままに「温存」されていたのである。あの最も民主的といわれた「仏暦2540年憲法」(1997年)はもちろん「言論の自由」を保障していたが、この出版法はそのままにされた。実際に出版法を改廃したのは、意外にも、クーデタで生まれたスラユット政権(2006〜08年)下で、新しい出版法はもちろん現行憲法(07年)の言論の自由を認めた第45条および第46条に則っている。
このような「言論・表現の自由」に関わる法令の変遷をみてみると、「憲法」、「法律」、「布告」、「令」などと様々な法形式が混在し、その間の上位法と下位法の秩序原則が無視されているのがよくわかる。憲法でいかに崇高な理念が謳われても、法律などの下位法が放置されたままでは、現実には対応できないのである。
しかも、現在問題となっているのは、「仏暦2548(05年)年非常事態下における行政勅令」の第9条(3)が事実を歪曲するなどの報道をした新聞を廃刊する権限を政府に与えている点である。明らかに憲法に反するわけであるが、意に介しない。政府高官が最近この権限の行使をほのめかしているから、事態は深刻である。タックシン関係の裁判過程において見られた法律の遡及適用を含め、法体系や司法の改革がなされない限り、健全な「言論・表現の自由」は育たないであろう。
「言論・表現の自由」に関わる、まったく別の話をひとつ加えよう。去る8月20日に今年の「憲法杯賞(ラーンワン・パーンウェンファー)」受賞式典が国会内で挙行された。あまり知られていないが、国会発足70周年を記念して2002年に設けられた賞で、対象は政治小説(短編)と政治詩作で、国会とタイ国作家協会が主催している。
一般市民の政治に対する「表現・言論の自由」を振興するために国会が率先し始められたが、今年で9年目になり、応募者は増加の一途であるという。大賞受賞者には憲法杯と名誉国会議長証、賞金5万バーツが贈られる。こうしたささやかな仕掛けが、おそらくはあちこちで試みられているに違いない。あまりにも杜撰な法体系や司法運営の改革もさることながら、一般市民の政治意識の向上を狙ったこうした試みは、評価できるであろう。ちなみに、今年の受賞作は、小説が「二色社会における私の家族」で、詩作が「影―だれもパッタニーに行きたくない」であった。
前者が黄色と赤色の衝突が引き起こした家族内の葛藤を描き、後者が深刻な南タイ問題をテーマにしているのは、容易にわかる。現在の一般国民の政治的関心がどこにあるかを如実に物語っているといえよう。授賞式と一緒に行なわれた関連シンポでは、「言論・表現の自由」を高揚し国民の政治意識を育てるためにも、前者の作品はドラマ化し放映すべきであるとの意見が出された。市民作品の映像化は、政治的意見表明のツールとしても重要であろう。
「言論・表現の自由」関係法令においても、一見法令が整備され「法治国家」のように見えるが、実際には上位法と下位法の秩序が順守されないなど、行政府の「身勝手取り」の形で運用されているといわざるをえない。そうした点が改められ、他方で一般市民の権利意識が徐々に高揚するのを待つ以外にないが、相当な時間を要するのは間違いない。
<筆者紹介>
赤木攻(あかぎ・おさむ)大阪外国語大学名誉教授
大阪外国語大卒業後、タイの国立チュラロンコン大に留学。大阪外国語大教授を経て、1999年同大学長に就任。2004年から、東京国際交流館館長、東京外国語大学特任教授などを歴任。
専門は東南アジア地域研究、タイ政治・社会論。プミポン国王のベストセラーの日本語版「奇跡の名犬物語」の翻訳も手掛けた。1944年、岡山県新見市生まれ。