タイ  2011年9月1日(木曜日)
【タイ政治社会の潮流】雨季の地方を訪れる:「地方民力」のアップ[経済]

第104回

8月の下旬、タイへ飛んで、安居期で雨にぬれた地方を1週間ばかり車で旅した。チエンマイを出発して、ラムパーン、ウッタラディット、ピッサヌローク、コンケーン、カーラシン、マハーサーラカームと回り、最終地はローイエットとなった。北部から東南方向に東北部に向けて約800キロ走ったことになる。その印象記を綴ってみたい。

ほぼ毎日の南国特有の驟雨のせいか、暑さが抑えられ比較的しのぎやすかった。とりわけウッタラディットあたりの山地はことのほか緑が冴え、目の保養になった。チャオプラヤー河の4大支流のひとつであるナーン川が通過するピッサヌロークは、川岸に立つと街そのものよりも水位が高く見えるほどの水量で、雨季を感じるには十分であった。場所によっては洪水で交通障害などが生じているとのことであった。また、小さな支流や道路脇の水辺では、四手網などを駆使して魚を追いかける裸姿の光景がみられた。ただ、コンケーンを過ぎ東北部に入ると洪水風景はなくなり、ローイエットの農村で聞いた話では、やっと水が確保でき田植えが終わったところということであった。地方の自然の豊かさとその地域差を改めて教えられた。

よく知られているが、地方とはいえ、タイの幹線道路の整備状況はすばらしい。舗装道路がほとんどの村落に通じている。加えて、驚かされるのは交通量の多さである。とりわけ、高速長距離バスが頻繁に往来している。それ以上に驚いたのが、コンビニの多さである。ちょっとしたガソリンスタンドには必ず併設されている。その商品の豊富さは、日本のそれと遜色がない。また、以前には見られなかった沿道の姿のひとつが、コーヒー店である。最近、田舎でも、しゃれた店がいたるところで爆発的に増えたらしい。どの店にも「カーフェー・ソット」の看板が掲げられている。「挽きたてのコーヒーを入れます」といった意味のようだが、どうも現在流行中らしい。

一般的に言って、コーヒーを楽しむ人々の増加現象はある種の生活革命が進行していることを物語っている。コーヒー店の中にモバイルを持ち込んで、飲みながらキーボードを叩き仕事をしている人もいたが、彼らこそその渦中にいるのであろう。パソコンはまだ家庭にはそれほど入り込んでいないようであるが、あちこちの街のインターネット・ショップでは、利用者が溢れている。まさに、人・モノ・情報が流動する現代社会そのものが地方でも展開している。

郡庁や県庁が所在する大きな町には大規模なバスターミナルとショッピングセンターがあり、町並みもそれなりにきれいになってきた。ホテルの部屋も小奇麗になり、湯の出具合などに差があるが、Wi―Fi(ワイファイ)を備えたところが増えてきている。最底辺の村落でも、コンビニに似た店ができ、飲料水をはじめとした食料品もほとんどが購入となり、自給自足生活は過去のものとなっている。消費の形態がまったく変わったといえる。

ところで、今回の旅のルートは、偶然ではあるが、先の総選挙でプアタイ党が勝利を収めた地域と重なっている。そのせいか、いくつかの場所でめずらしい看板を見た。タテ2メートル×ヨコ3メートル大の大きな看板で、当選者のその地域の選挙民に対する勝利報告と支持への謝辞が書き込まれ、当人とジンラック首相の写真が添えられている。こうした看板の使い方は慣例なのか合法的なのか、わからない。ただ、地方においても住民の政治意識が向上し、選挙への理解が進んでいるのは間違いない。「タムボン行政機構」の新しい立派な役所も散見し、自治体活動の進展を確認できた。

やや余談になるかもしれないが、今回の旅で心を打たれたのは、「2メートルの国旗掲揚」であった。マハーサーラカームのある特殊教育センターを訪問し、知的障害を持つ生徒たちと交流したのだが、校庭での朝礼開始時のことであった。小さな子供2人が、2メートルばかりの小さな簡易国旗掲揚ポールに、流れる国歌に合わせてこれまた小さな国旗を一生懸命揚げる姿である。その場の30人ばかりの生徒たちの多くが、国歌や国旗の意味もわからないかもしれない。しかし、毎朝こうした朝礼が行なわれているすばらしさに感嘆し、うらやましさを覚えた。

タイの地方における「民力(非経済的な面を含む)」の向上は、確実である。経済面を主とする生活革命は目で捉えやすいが、おそらくはそうした中で目に見えない社会意識や政治意識の変化が急速に進んでいると思われる。そこの中で蓄えられてきている「民力」が、今回の総選挙をみる限り、タイ全体の政治にも影響を持つようになってきているといえよう。タイ社会は、新しい段階に入りつつある。

ピッサヌロークでは、タイで最も美しいとの定評があるプラシーラッタナマハータート寺のチンナラート仏像を礼拝した。久しぶりの対面であったが、アユッタヤー時代からこの地にあってずっとタイを眺めてきたこの仏像は、今のタイをどう見ているのであろうかと、手を合わせながらふと考えた。

<筆者紹介>

赤木攻(あかぎ・おさむ)大阪外国語大学名誉教授

大阪外国語大卒業後、タイの国立チュラロンコン大に留学。大阪外国語大教授を経て、1999年同大学長に就任。2004年から、東京国際交流館館長、東京外国語大学特任教授などを歴任。

専門は東南アジア地域研究、タイ政治・社会論。プミポン国王のベストセラーの日本語版「奇跡の名犬物語」の翻訳も手掛けた。1944年、岡山県新見市生まれ。

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